機種選定

パソコンでプログラムを作って販売しようかと考えていた1993年頃の話です。ここまで真面目に読んできた人ならわかるかと思いますが、自分は鶏頭となるも牛後となるなかれ主義というか、世の中で人気ナンバーワンみたいなのに飛びつくのが大嫌いなのでした。だから今でも8086のアセンブラは書けません(読めますが)。

さて1993年頃の状況は、PC9801はコンパックショックもありいよいよやばい状態。Macは一部で人気があるもメジャーにはなれない状態。DOS/Vは日本ではまだ普及しておらず、並行輸入のレポートがSuperASCII(懐かしい・・)にのっていたような時代でした。仕事柄そろそろ新しいパソコンを買わなければという状況になりました。

68000大好きだったのでとうぜんMacを考えたこともあったのですが(Centris660AVというのを買う寸前まで行っていました)、部活顧問のO先生が「MacよりもこれからはWindowsが流行るよー」というコメントもあり、当時は弱小だったwindowsを応援したくもなり、結局いわゆるDOS/Vパソコンを買うことになりました。

当時はCompaqも売っていましたが10万円を切るパソコンは明らかな安物でした(10万円を切るパソコンは今では普通ですね・・)。DELLが日本上陸したばかりで、オーダー通りに組んでくれて、16MBのramが¥76000だったのを鮮明に覚えています(そしてそれは当時として格安の値段でした)。CPUは遅めのもの(486sx/33MHz)にして、安いRAMは最大にして(16MB)当時では珍しかったBuildToOrderで購入しました。16MBはいまではCPUキャッシュの容量とそう変わらないですね。

その後便利に使っていたのですが、ある時PCが起動しなくなりました。DELLに連絡するとサービスマンを派遣するとのこと。当時は1部屋4畳半の学生寮の部屋に住んでいて、そこに来てくれたサービスマンにそれは恐縮したものです。マザーボードも交換してみたのですが、結局起動しなかった理由はPS/2マウスのケーブルが折れ曲がったりで不良になっていて、立ち上がり時に初期化に失敗していたためBIOSの中でハングしていたためでした。

このDELLのマシンはその後486DX66MHz, さらにAMD 5×86-133というCPUに換装して1998年頃まで使いました。CPUが高速化すると何故かハングアップが頻発するようになりましたが、よく考えると画面描画の時に限られていました。S3の86c805というGPU(?)が載っていたのですが、そのチップにファンをつけて冷やしてやるとハングアップは起こらなくなりました。この件はNIFTY-Serve のFDELL(DELLフォーラム)で報告して、同じ症状が起こっている方も数名いたようです。

このマシンで大学生の間はしのいでいくことになります。大学生の間に書いたプログラムの話はまた今度。

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